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千葉地方裁判所 平成2年(ワ)1262号 判決

主文

一  被告は、原告有限会社光月に対し金二一七七万九二四〇円、原告尾高きよに対し金四一五万八九一七円、原告尾高栄に対し金一三八万六三〇五円、原告尾高昭に対し金一三八万六三〇五円、原告佐々木八千代に対し金一三八万六三〇五円及び右各金員に対する平成二年一〇月六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

理由

第一  原告らの請求

被告は、原告有限会社光月に対し金二五〇〇万円、原告尾高きよに対し金四七七万三六〇〇円、原告尾高栄に対し金二五九万一二〇〇円、原告尾高昭に対し金一五九万一二〇〇円、原告佐々木八千代に対し金一五九万一二〇〇円及び右各金員に対する平成二年一〇月六日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告らが、被告に対し、国家賠償法一条に基づき、被告の建築主事が行政指導を理由に建築確認申請に対する処分を留保したことにより生じた損害の賠償を請求した事案である。

一  事実関係(各項目の末尾に証拠を挙示していないものは、当事者間に争いのない事実である。)

1  当事者

(一) 原告有限会社光月(以下「原告会社」という。)は昭和六二年五月二八日に設立されたパチンコ店の営業等を目的とする会社であり、千葉県船橋市本町一丁目三番四号においてパチンコ店「光月」を営業している。

(二) 訴外亡尾高喜勝(以下「喜勝」という。)は、平成二年三月一三日、死亡した。原告尾高きよは喜勝の妻であり、原告尾高栄(以下「原告栄」という。)、同尾高昭及び同佐々木八千代はいずれも喜勝の子である。

2  本件確認申請

喜勝は、千葉県船橋市本町一一八四番一、同一一八一番一七及び同一一七九番一所在の土地(合計二三三・三一平方メートル、以下「本件土地」という。)上に別紙物件目録記載一の建物を建築することを計画し(以下「本件建築計画」という。)、被告の建築主事猪野幸夫(以下「猪野主事」という。)に対し、昭和六一年一〇月八日、建築基準法(以下「法」という。)六条一項に基づき建築確認申請(以下「本件確認申請」という。)をし、猪野主事は、同日、右申請を受理した。

3  本件確認申請後の経緯

(一) 昭和六一年一〇月一〇日ころ、喜勝は、本件土地上に従前から建築されていた建物(以下「旧建物」という。)を取り壊した(原告栄第一回)。

(二) 一〇月二四日付けで、船橋市消防局長は、本件確認申請に係る建築物の計画について、法九三条所定の同意をした。

(三) 一〇月二八日付けで、猪野主事は、喜勝に対し、法六条四項後段に基づき、店舗内容の不記載等を理由に、同条三項に定める二一日の期限内に本件確認申請に係る計画が関係諸法令に適合するか否か決定できない旨の通知(以下「中断通知」という。)をした。

喜勝は、一一月一四日までに、右中断通知に応じる是正を行つた。

(四) 一一月一二日付けで、被告の都市部長田中武甫は、同建設部長川城隆に対し、本件土地は、船橋駅南口再開発計画区域のうち優先整備街区である仮称B街区に含まれており、同街区については昭和六二年中に被告施工による市街地再開発事業の都市計画決定を行う予定であるところ、本件建築計画が実施されると、右再開発事業が不可能となるので、本件確認申請に対する確認通知(以下「本件確認処分」という。)を留保されたい旨の依頼を行つた。

(五) 一一月一九日、喜勝は、船橋市長に対し、本件確認処分がなされない理由の回答を求める旨の内容証明郵便を発送した。

(六) 一一月二一日、猪野主事は、喜勝に対し、本件建築計画に係る建物には船橋市自転車の安全利用に関する条例の適用があることを伝え、同月二七日付けで、右条例に係る手続の未了を理由とする中断通知をした。

(七) 一一月二七日、喜勝は、船橋市建築審査会に対し、法九四条一項に基づき、本件確認申請に係る建築主事の不作為について審査請求をした。

(八) 右同日付けで、船橋市長は、喜勝に対し、右一一月一九日付け内容証明郵便で回答を依頼された件については、現在検討中なのでしばらくの間猶予されたい旨の通知を発送した。

(九) 一二月一〇日付けで、猪野主事は、船橋市建築審査会に対し、本件確認申請については船橋市自転車の安全利用に関する条例に係る手続が完了していないため確認通知ができない旨を記載した弁明書を提出した。

(一〇) 一二月一一日までに、喜勝は、本件建築計画に係る建物の用途を一部変更し、右一一月二七日付けの中断通知に応じる是正を行つた。

(一一) 一二月一五日付けで、猪野主事は、喜勝に対し、本件確認申請の申請書代理者欄についての補正を理由とする中断通知をした。

喜勝は、同月一八日までに、右中断通知に応じる補正を行つた。

(一二) 一二月二〇日、前記審査請求に係る第一回口頭審査が行われ、猪野主事は、中断通知の理由となつた事項は解決済みであるが、なお慎重に審査を継続中である旨の意見を述べた。

(一三) 一二月二六日付けで、船橋市長は、喜勝に対し、右一一月一九日付け内容証明郵便による照会に対する回答として、本件建築計画が実施されると、都市再開発法三条二号の要件に抵触し、また、周辺権利者に対する影響等を考慮するとき、船橋駅南口再開発事業の都市計画事業としての施行ができなくなるおそれがあり、本件建築計画を断念していただくほかはなく、引き続き話合いをさせてもらいたい旨を通知した。

(一四) 右同日付けで、猪野主事は、船橋市建築審査会に対し、被告が船橋駅南口再開発事業遂行に支障を来さないよう喜勝に対し継続的に行政指導を行い、協力を求めている実情にあり、建築主事としては法の趣旨目的及び行政一体の原則からして、被告の行政指導の行方を考慮した中で確認の判断をしなければならない旨を記載した再弁明書を提出した。

(一五) 昭和六二年一月二〇日付けで、猪野主事は、船橋市建築審査会に対し、再弁明書記載の理由には、昭和六〇年七月一六日の最高裁判所判決に照らし、法律上の根拠がある旨を記載した再々弁明書を提出した。

(一六) 一月二九日、第二回口頭審査が行われ、猪野主事は、再弁明書及び再々弁明書に沿い、意見を述べた。

(一七) 二月一〇日付けで、猪野主事は、船橋市建築審査会に対し、船橋駅南口再開発事業に係る一切の事情と審査請求人の不利益と公益上の必要性とを比較衡量すると、本件建築計画に対する確認処分により公の利益に著しい障害が生ずる旨の再々弁明書補充書を提出した。

(一八) 右建築審査会は、二月一二日、猪野主事は本件確認申請(ただし昭和六一年一二月一一日付けでした建築物の用途を一部変更した後のもの)に対して、すみやかに建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合することを確認する又は右法令の規定に適合しない旨のいずれかの通知をせよとの内容の裁決をし、さらに同月二六日、猪野主事に対し、同内容の作為命令をした。

(一九) 三月五日、猪野主事は、喜勝に対し、本件確認申請に係る建築物の計画が法令に適合する旨の確認通知をした。

(二〇) 五月二八日、喜勝は、猪野主事に対し、本件確認処分に係る設計内容のうち敷地面積が近隣との折衝により減少したことを理由として、別紙物件目録記載二の建物に設計変更する旨を届け出た。

(二一) 右同日、原告栄を代理者として原告会社が設立された。

(二二) 五月末ころ、喜勝は、右設計変更に係る建物の建築工事に着工した。

(二三) 六月一九日ころ、猪野主事は、喜勝に対し、右設計変更届を受理した旨を通知した。

(二四) 一〇月三一日、右工事が竣工した。

(二五) 一一月一日、喜勝と原告会社との間で、右竣工に係る別紙物件目録記載二の建物(以下「本件建物」という。)につき、賃料月額金二三八万六八〇〇円、期間一〇年とする賃貸借契約が締結された。

(二六) 一一月九日、原告会社は、本件建物においてパチンコ店「光月」の営業を開始した。

二  争点

本件の争点は、本件確認処分の留保の違法性並びに損害及び本件確認処分の留保と損害との因果関係である。

1  本件確認処分の留保の違法性

(一) 原告らの主張

(1) 法六条三項及び四項は、建築主事が、建築確認申請を受理した日から二一日以内に申請に係る建築物の計画が法令に適合するかどうかを審査し、申請人に通知しなければならない旨を規定し、審査の結果法令に適合していれば、建築主事は法定期限内に確認処分をなすべき義務がある。

ところで、被告は、喜勝に対し、本件建築計画が船橋駅南口再開発事業にとつて支障になることから、本件確認申請以前から、本件建築計画を断念するよう行政指導を行つていた。

そして、猪野主事は、被告が喜勝に対し右行政指導を行つていることを理由に、本件確認処分を留保した。

(2) 昭和六〇年七月一六日の最高裁判所判決によれば、建築主が自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を明確に表明している場合には、かかる建築主の明示の意思に反してその受忍を強いることは原則として許されない旨判示されているところ、喜勝は、昭和六一年一〇月八日の本件確認申請以前から一貫して、被告の船橋駅南口再開発事業に関する行政指導に従わない意思を明示していた。

(3) そうすると、猪野主事は、留保することが許されない理由によつて、本件確認処分を留保したのであり、その不作為は違法である。

(二) 被告の主張

(1) 猪野主事が本件確認処分を留保したのは、被告が喜勝に対し船橋駅南口再開発事業に関する行政指導を行つていたからである。

しかし、喜勝は、後記2(二)(1)〈1〉のとおり、第三者たる本件土地賃借人の協力が得られず、本件確認申請どおりの建築ができないことが明らかであつたにもかかわらず、本件確認処分を執拗に要求しており、本件確認処分を留保されたままでは右行政指導に応じられない意思を真摯に表明したとはいいがたい。

(2) 仮に、喜勝の行政指導に応じられない意思の表明が真摯であつたとしても、次に述べる事情に照らし、行政指導の有する公益性と喜勝に生じる不利益を比較衡量するならば、行政指導に対する喜勝の不協力には社会通念上正義の観念に反する特段の事情がある。

〈1〉 船橋駅南口再開発事業の公益性

本件土地は、被告の船橋駅南口再開発事業施行区域の優先整備街区であるB街区の区域内にあるところ、B街区が接している南口駅前広場は、規模が乗降客数に比して絶対的に不足しており、その交通量は、住民ないし通行人の生命身体の安全に関わる程の異常性を有しており、同街区の整備は緊急を要する状態にある。

また、B街区内の駅前通りに面した建築物は、一部高度利用されているものもあるものの、大半は脆弱な低層木造建築物であり、土地が効率的に利用されておらず、建築物の現況からも整備の必要な状態にある。

このように、船橋駅南口再開発事業の遂行は、原告らの引用する最高裁判所判決の事案のような一マンションに関わる附近住民だけの問題とは異なり、市民の利益に直結する公益性の極めて高い問題と評価すべきである。

〈2〉 B街区の再開発事業は、都市計画法及び都市再開発法に基づく市街地再開発事業のうち第一種市街地再開発事業として施行することを当時予定していたところ、都市再開発法(昭和六三年法律第四九号による改正前のもの。以下同じ。)三条が第一種市街地再開発事業施行区域の要件を定めており、本件建築計画に関しては同条二号が問題となる。

同号は、区域内の耐火建築物の建築面積の合計が当該区域内のすべての建築物の建築面積の合計のおおむね三分の一以下であることを要件とし、この耐火建築物に含まれない建築物を列挙しているところ、旧建物は、火災に罹災しており、耐火建築物に含まれず、本件確認申請当時のB街区の建築物の現況は、同号所定の割合が約三三パーセントであり、「おおむね三分の一」の要件を充たす。しかるに、本件確認申請どおりの建物が建築されると、右建物は耐火建築物に含まれ、右割合が約四二パーセントとなつて右要件を充たさなくなり、右要件を厳格に適用すると、B街区を施行区域とする第一種市街地再開発事業としての都市計画決定ができなくなるおそれがあつた。

〈3〉 さらに、本件土地の周囲には、老朽化した建物の建替えを希望していたものの被告の指導で小規模な建築を行つたなど再開発に協力している権利者が存在するところ、本件確認申請どおりの建物が建築されるならば、右のような権利者に対し、再開発事業が難しくなるとの印象を与え、連鎖的に建替え機運を醸成しかねない状態にあつた。

〈4〉 被告は、喜勝に対し、本件確認申請がなされる以前から、本件土地を再開発事業のために提供することにより生ずる不利益について配慮し、その不利益が最小限度にとどまるようにあらゆる便宜と補償の準備ないし解決策を示して、行政指導・協力要請を行つてきた。

〈5〉 以上のような事情の下で、喜勝との話し合いにより解決策を見出すため、建築主事を指揮監督する特定行政庁たる船橋市長が、猪野主事に対し、本件確認処分の一時留保を依頼したのである。

2  損害及び本件確認処分の留保と損害との因果関係

(一) 原告らの主張

(1) 原告会社の損害及び因果関係について

〈1〉 本件確認処分は、昭和六二年三月五日になされ、その八四日後の五月二八日に喜勝が設計変更届を出し、同月末工事に着工し、同月二八日の一六五日後の一一月九日に原告会社がパチンコ店「光月」を開業した。

もし、法定期限どおりの昭和六一年一〇月二九日に確認処分がなされたとした場合、その後は現実の経過と同じ経過を辿るものと推定するのが合理的であるから、昭和六一年一〇月二九日の八四日後の昭和六二年一月二一日に喜勝が設計変更届を出して工事に着工し、その一六五日後の七月五日に原告会社がパチンコ店「光月」を開業したと推定すべきである。

そうすると、本件確認処分が法定期限どおりになされていれば、原告会社は昭和六二年七月五日にパチンコ店「光月」を開業できたのに、現実の開業は同年一一月九日であつたのであるから、この間原告会社は少なくとも四箇月開業が遅れたことになる。

そのため、原告会社は少なくとも四箇月間営業していれば得たであろう営業利益を失つた。

〈2〉 喜勝は、旧建物において従前からパチンコ店「光月」を個人で営業していたが、昭和四四年ないし四五年ころから喜勝の三男である原告栄がその手伝いをするようになり、昭和四九年ころからは、原告栄がパチンコ店「光月」の経理全般、従業員の採用、遊技機の入替えと釘の調整等の営業全般に関与するようになり、同店は実質的には右両名の共同経営の形態になつていた。

喜勝と原告栄は、協議の上、従前同様に本件土地上でパチンコ店を営業する目的で建物の建替えを計画し、建築する建物の具体的な構造、工事請負業者の選択、建築資金の調達等建築についてのすべてを決定・実施し、また、建物建築後のパチンコ店の経営については、老齢の喜勝は営業の一線を退き、原告栄が中心となつてその経営にあたること、パチンコ店の経営形態としては、税金等の点を考慮して有限会社を設立して原告栄が代表者になること、右会社がパチンコ店「光月」の営業を承継すること及び建物は喜勝の所有とし、右会社が喜勝から建物を賃借して賃料を支払うこと等を決めていた。

そして、本件確認申請における建築主は喜勝名義であるが、右申請に関する被告との一連の交渉と審査請求手続は、喜勝に代わり原告栄が行つた。

このような喜勝と原告栄との従前のパチンコ店「光月」の共同経営関係、本件確認申請手続及び審査請求手続における原告栄の役割並びに本件建物完成後原告栄が中心になつてパチンコ店「光月」を経営することが予定されていたことからすれば、本件確認申請は、実質的には喜勝と原告栄との共同申請であつたというべきである。

さらに、原告会社は、喜勝と原告栄との右協議の結果設立された有限会社であるが、その資本金二〇〇万円全額を原告栄が実質的に出資し、取締役として原告栄及びその妻尾高和代の両名のみが就任している会社であり、その目的は、本件建物内でのパチンコ店「光月」の営業のみである。したがつて、原告会社は、法人形式をとつているが、その実体は原告栄が個人でパチンコ店「光月」を営業しているのと変わりない。

そうすると、被告は、本件確認処分の留保により実質的な共同申請者の一人である原告栄に生じた損害を賠償すべきところ、原告栄と原告会社の実体は同一であるから、被告は、本件確認処分の留保により原告会社に生じた損害を、相当因果関係のある損害として賠償すべきである。

また、被告は、原告栄らとの交渉経緯を通じて、本件確認処分を留保すれば、本件建物の完成の遅れた期間パチンコ店を営業していれば得られたであろう営業利益を失うという損害が喜勝と原告栄に生じることを容易に予測することができたのであり、被告は、その予測された損害と同一性を有する現実の損害については、予測された損害が具体的に誰に帰属するかについての認識がなくても、損害の帰属主体に対し、相当因果関係のある損害として賠償をすべきである。そして、本件建物の完成の遅れたことによる損害は、本件では会社を設立していたために原告会社に発生したにすぎない。従前行つてきたパチンコ店の経営をいかなる形態で行うかは、従前の経営主体者が自由に決めることができる事柄であり、たまたま法人形式の経営形態を選択したからといつて、被告の損害賠償責任が軽減されるものではない。

〈3〉 そして、原告会社の四箇月間の得べかりし営業利益は、原告会社の昭和六二年一二月一日から昭和六三年一一月三〇日までの一年間の経常利益が金七五二〇万〇〇一八円であることからすると、少なくとも金二五〇〇万円とするのが相当である。

(2) 喜勝の損害及び相続について

喜勝は、本件建物の竣工翌日の昭和六二年一一月一日、本件建物を原告会社に賃貸したが、本件確認処分が少なくとも四箇月遅れたことにより、本件建物の竣工が少なくとも四箇月遅れ、その結果、右賃貸借契約の締結も少なくとも四箇月遅れた。

そのため、喜勝は少なくとも四箇月間賃貸していれば得たであろう賃料収入を失つた。

喜勝の四箇月間の得べかりし賃料収入は、右賃貸借契約における本件建物の賃料が月額金二三八万六八〇〇円であることからすると、金九五四万七二〇〇円である。

そして、喜勝は平成二年三月一三日死亡し、その妻原告尾高きよが右金員の二分の一にあたる金四七七万三六〇〇円を、喜勝の子原告栄、同尾高昭、同佐々木八千代がそれぞれ右金員の六分の一にあたる金一五九万一二〇〇円を相続した。

(3) 原告栄の慰謝料について

原告栄は、高齢な父喜勝に代わり、事実上本件建築計画をたて、建築確認申請手続、審査請求手続を行つた者であるところ、本件確認処分の留保によつて、自らが代表取締役である原告会社によるパチンコ店「光月」の開業が大幅にずれこむこと等により多大な精神的苦痛を被つた。

その慰謝料としては金一〇〇万円が相当である。

(二) 被告の主張

(1)〈1〉 喜勝は、本件土地の一部を訴外有限会社丸三商事に対し賃貸していたところ、本件建築計画にあたり、右会社の同意を得て同会社が使用中の建物部分を取り壊し、本件確認申請のとおりの敷地面積を確保した上で、右会社と共同して右申請どおりの建物を新築しようとしていた。しかし、喜勝は、本件確認申請時はもとより本件確認処分の日である昭和六二年三月五日、さらにはその後に至つても、右会社から右同意を得ることはできなかつた。そして、右会社への賃貸部分の土地を確保しなければ、法令の定める建ぺい率の要件を充たすことができないため、喜勝は、本件確認申請どおりの建築を諦め、昭和六二年五月二八日、被告に対し、設計変更届を提出した。

したがつて、本件建物の建築着工が遅れたのは、喜勝が、敷地面積について土地賃借人の同意が得られるものと自ら見込んで申請をした結果であり、本件確認処分の留保と本件建物の工事の遅れとの間には因果関係がない。

また、仮に、本件確認処分の留保とパチンコ店「光月」の営業開始の遅延との間に因果関係があるとしても、喜勝が被告に対し、昭和六二年五月二八日、新たな設計変更届を提出したことにより、因果関係が中断している。

〈2〉 原告らは、本件確認申請に対し法定の期限どおり昭和六一年一〇月二九日に確認処分がなされたならば、その八四日後の昭和六二年一月二一日に設計変更届をなして工事に着工し、その一六五日後の同年七月五日に原告会社が開業できたと主張するが、これはあくまで推定ないし仮定に基づく主張にすぎない。

(2)〈1〉 原告会社は、本件確認申請が実質的に喜勝と原告栄の共同申請である旨を主張する。しかし、建築主事の判断は申請書類の記載に従つた書面審査で足り、仮に建築主事に実質的審査義務を認める立場を採つたとしても、実質的審査をすべき事項は敷地及び道路の関係に限られるから、本件において猪野主事が作為義務を負うのは、本件確認申請の書面に申請者として記載されている喜勝に対してのみであり、原告会社に対しては作為義務が存在しない以上、原告会社の損害を論ずる余地はない。

〈2〉 原告栄と原告会社の実体が同一であるとの原告会社の主張については、法人格を取得した以上、私法関係では個人「尾高栄」ではなく法人「有限会社光月」として扱われることはいうまでもなく、原告会社は、実際に、自ら法人税の確定申告をしているのに、ある場面では法人としての主張をし、他の場面ではその法人格を否定して、その実体は個人であると主張することは、御都合主義以外のなにものでもない。

〈3〉 猪野主事は、本件確認処分の時点において、原告会社が設立されること及び設立される会社がどのような実体を有するのかを予見することができなかつた。

第三  争点に対する判断

一  本件確認処分の留保の違法性

1  法六条三項及び四項によれば、建築主事は、同条一項所定の確認申請書を受理した場合、その受理した日から二一日以内(ただし、同条一項四号に掲げる建築物に係るものについては七日以内)に、申請に係る建築物の計画が当該建物の敷地、構造及び建築設備に関する法令に適合するか否かを審査し、適合すると認めたときは確認の通知を、適合しないと認めたときはその旨の通知(以下あわせて「確認処分」という。)を当該申請者に対して行わなければならないものと定めている。このように、法が建築主事の行う確認処分について応答期限を設けた趣旨は、違法な建築物の出現を防止するために建築確認の制度を設け、建築主が一定の建築物を建築しようとする場合には予めその建築計画が関係諸法令に適合するものであるかどうかについて建築主事の審査・確認を受けなければならず、確認を受けない建築物の建築又は大規模の修繕等の工事はすることができないこととし、その違反に対しては罰則をもつて臨むこととしたこと(法六条一項、五項、九九条一項二号、四号)の反面として、右確認申請に対する応答を迅速にすべきものとし、建築主に資金の調達や工事期間中の代替住居・営業場所の確保等の事前準備などの面で支障を生ぜしめることのないように配慮し、建築の自由との調和を図ろうとしたものと解される。そして、建築主事が当該確認申請に対し行う確認処分自体は基本的に裁量の余地のない確認的行為であつて、確認申請を受理した場合には、右応答期限内に、法令に適合するか否かの確認及び法九三条所定の消防長等の同意など処分要件の審査を行つて、確認処分を行う義務があり、右応答期限を超える確認処分の遅滞は原則として違法と解される。

しかしながら、建築主事の右義務は、いかなる場合にも例外を許さない絶対的義務であるとまでは解することができず、建築主が確認処分の留保につき任意に同意をしているものと認められる場合のほか、諸般の事情から直ちに確認処分をしないで応答を留保することが法の趣旨目的に照らし社会通念上合理的と認められるときは、その間確認申請に対する応答を留保することをもつて、確認処分を違法に遅滞するものということはできないというべきである。

2  本件の場合、喜勝は、昭和六一年一〇月八日、本件確認申請をし、同日、猪野主事は右申請を受理したのであるから、猪野主事は、同年一〇月二八日までに本件確認申請に対し確認処分を行う義務を負つていたものであり、同日以降の確認処分の留保は原則として違法である。

3  ところで、本件において、猪野主事が本件確認処分を留保したのは、被告が喜勝に対し船橋駅南口再開発事業に関する行政指導を行つていたからであることは、当事者間に争いがないところ、《証拠略》によれば、右行政指導の内容は、本件建築計画に係る建築物の建築が、都市再開発法三条二号の要件に支障を来すことなくかつB街区の他の権利者に再開発事業が難しくなるとの印象を与えることのないよう、本件建築計画を小規模のものに改めることを求めること及び小規模の建築計画に改めることができない場合には本件土地を市に売却するか又は仮設店舗若しくは代替地を斡旋して本件建築計画を断念することを求めることにあり(以下「本件行政指導」という。)、本件行政指導は、昭和六一年八月一九日、本件確認申請に関する喜勝の当時の代理人株式会社山幸創建が、被告の都市整備課に対し、本件建築計画の具体化について事前調査に赴いた時点以降、行われたと認められる。

そこで、本件確認処分の留保が本件行政指導を理由としてなされたことが右留保の違法性を阻却するか否かについて検討する。

(一) 普通地方公共団体は、地方公共の秩序を維持し、住民の安全、健康及び福祉を保持すること並びに公害の防止その他の環境の整備保全に関する事項を処理することをその責務の一つとしているのであり(地方自治法二条三項一号、七号)、また法は、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的として、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めている。そこで、これらの規定の趣旨目的に照らせば、関係地方公共団体が、当該建築確認申請に係る建築物が建築計画どおりに建築されると住民に対し少なからぬ被害を及ぼし、良好な居住環境あるいは市街環境を損なうことになるものと考えて、当該地域の生活環境の維持、向上を図るために、建築主に対し、当該建築物の建築計画に一定の譲歩・協力を求める行政指導を行い、建築主が任意にこれに応じているものと認められる場合においては、社会通念上合理的と認められる期間建築主事が申請にかかる建築計画に対する確認処分を留保し、行政指導の結果に期待することがあつたとしても、これをもつて直ちに違法な措置であるとまではいえないというべきである。

しかしながら、このような確認処分の留保は、建築主の任意の協力・服従のもとに行政指導が行われていることに基づく事実上の措置にとどまるものであるから、建築主において自己の申請に対する確認処分を留保されたままでの行政指導には応じられないとの意思を真摯かつ明確に表明し、当該確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めているものと認められる場合には、当該建築主が受ける不利益と右行政指導の目的とする公益上の必要性とを比較衡量して、任意の協力がある場合と比肩しうるほどの、右行政指導に対する建築主の不協力が社会通念上正義の観念に反するものといえる特段の事情が存在しない限り、行政指導が行われているとの理由だけで確認処分を留保することは違法であると解される。

(二) 本件の場合、喜勝が一貫して本件行政指導に従わない意思を明確にしていたことに争いはなく、被告は、喜勝の右意思の表明の真摯性を争い、前記第二の二1(二)(1)の主張をする。

しかしながら、《証拠略》によれば、旧建物は、昭和四九年及び昭和五〇年の二度にわたり火災に遭い、被告の田中都市部長らが喜勝の建替えの希望を聞いて右建物内部を調査した昭和六〇年二月一三日の時点でも、鉄骨の腐食、コンクリートブロックの崩壊等がみられ、右田中らが「補修が無理ならば必要最小限度の建築にとどめてほしい」旨を述べるほど、新たな建築もやむをえない客観的状態にあつたこと及び喜勝は、本件確認申請後の昭和六一年一〇月一〇日ころ、旧建物を取り壊したが、従前旧建物内では「光月」の商号でパチンコ店の営業がされていたところ、右取壊しにより右営業を停止している間も従業員(約一〇名)の雇用を続けて賃金を支払つていたことが認められる。

そして、《証拠略》によれば、被告は、喜勝に対し、昭和六一年一二月二六日に至るまで、猪野主事が本件確認処分を留保している理由が本件行政指導の継続にあることを公式には明らかにしなかつたものの、喜勝ないし原告栄は、田中都市部長らからの同年一〇月二〇日の都市再開発法三条の要件の説明及びその後の被告の担当者からの本件土地の買取りの話を通じて、遅くとも同年一一月上旬には、本件確認処分が留保されている理由が本件行政指導の継続にあることを知るに至つたと認められる。

そうすると、右の状況の下において、喜勝は、昭和六一年一一月一九日付けで、船橋市長に対し、「全ての基準法上の手続が完了しているにも拘わらず、何故建築確認申請書が許可されないのか」等を記載した内容証明郵便を発送し、翌二〇日、被告がこれを受理したというのであるから、右一一月二〇日の時点で、喜勝は、本件確認処分を留保したままでは本件行政指導には応じられない意思を真摯かつ明確に表明し、本件確認申請に対し直ちに応答すべきことを求めていたと認められる。

そして、本件確認申請どおりの建築計画は結果的に実現しなかつたものの、喜勝は、右申請に対する処分が留保されている間、右建築計画の実現のために本件土地の一部についての賃借人訴外有限会社丸三商事との間で、代理人弁護士を介して右会社の営業補償につき話合いを行つていたと認められるのであり、右申請当時ないし右交渉継続中に、右建築計画の実現が不可能であつたとは即断し難く、本件確認申請どおりの建築計画が結果的に実現しなかつたことは、右認定を妨げるものではない。

(三) 《証拠略》によれば、被告の前記第二の二1(二)(2)〈1〉ないし〈4〉の主張のうち、老朽化した建物の建替えを希望していたが被告の指導で小規模な建築を行つた権利者が存在するという点を除く各事実が認められる。右事実に鑑みれば、たとえ都市再開発法三条二号が「おおむね三分の一」という弾力的な要件を定めていたとしても、本件確認申請どおりの建物が建築された場合に同号所定の割合が約四二パーセントとなる以上、喜勝が本件行政指導に応じないで本件確認申請どおりの建築を行つた場合には、B街区の第一種市街地再開発事業としての都市計画決定が不可能になるとのおそれは否定できない。

しかしながら、《証拠略》によれば、B街区については、昭和六三年三月一八日に都市計画決定がなされ、平成二年三月一七日に第一種市街地再開発事業の事業計画決定がなされたこと、右都市計画決定が本件建物の存在にもかかわらずなされた理由は、京成本線連続立体交差化事業により認定されていたB街区に面する道路の幅が変更され、そのためB街区内の他の建物が都市計画施設(都市再開発法三条二号ホ)に該当したことにあること、右京成本線連続立体交差化事業は、被告の都市整備課が実質的に担当していた事業であつたことが認められる。

そうすると、被告の都市整備課としては、喜勝に対する本件行政指導の継続以外にもB街区の都市計画決定を可能にする方法を選択することができたと認められるのであり、被告の船橋駅南口再開発事業自体に公益性が認められるとしても、被告による本件行政指導は、右再開発事業の実現手段として不可欠なものではなかつたといわなければならない。

他方、喜勝は、前記認定のとおり、本件確認申請直後の昭和六一年一〇月一〇日ころ、旧建物を取り壊しており、右取壊しによりパチンコ店「光月」の営業を停止している間も従業員(約一〇名)の雇用を続けていたことからすると、本件行政指導に応じた場合には、パチンコ店「光月」からの営業収入を欠く状態で従業員への賃金を支払いながら、一旦具体化した建築計画の変更又は営業の継続自体の再考を強いられるという著しく不安定な立場に置かれることになると推認される。

そうすると、本件全証拠によつても、本件行政指導に対する喜勝の不協力に、その意思に反しても確認処分の留保を受忍させることを相当とするような社会通念上正義の観念に反するものといえる特段の事情は認めることができない。

以上によれば、昭和六一年一一月二〇日以降昭和六二年三月五日に至るまで、猪野主事が本件確認処分をしなかつたことは違法であり、これについては猪野主事に少なくとも過失がある。

なお、猪野主事は、本件確認申請に関し、昭和六一年一一月二七日付けで、船橋市自転車の安全利用に関する条例の適用を理由とする中断通知を行つており、右中断理由は、本件建築計画の法令適合性を審査するのに必要な事項である。しかしながら、右中断理由についてより早く是正を求めることができたことからすると、本件確認処分を留保した理由が右時点においても本件行政指導の継続にあることに変わりはなく、形式的に法の要求する審査事項を理由にしたとしても、それは本件行政指導の継続のために審査事項をいわば小出しにしたと評価すべきであり、右中断理由は、猪野主事が同月二〇日以降本件確認処分を留保した違法性を左右するものではないと解される。

二  損害及び本件確認処分の留保と損害との因果関係

1  原告会社の損害及び因果関係について

(一) 《証拠略》によれば、本件確認処分の留保により、本件建物の工事が遅れ、原告会社がパチンコ店「光月」の開業の遅延を余儀なくされたこと、その間原告会社が営業利益を得られなかつたことが認められる。

被告は、本件建物の建築着工が遅れたのは、喜勝が敷地面積について土地賃借人の同意が得られるものと自ら見込んで申請した結果であり、本件確認処分の留保と本件建物の工事の遅れとは因果関係がなく、また、仮に本件確認処分の留保と原告会社によるパチンコ店「光月」の営業開始の遅延との間に因果関係があるとしても、喜勝が昭和六二年五月二八日に新たな設計変更届を提出したことにより因果関係が中断している旨を主張する。しかしながら、本件では土地賃借人の同意が得られず設計変更が必要になつたという被告の関与しない事情が認められるものの、右設計変更に起因する遅延期間と本件確認処分の留保に起因する遅延期間とは時期を異にし別個に把握することが可能であり、また、喜勝が新たな設計変更届を提出したことは原告会社の営業利益の逸失という結果の発生を左右する重要な理由とは解し難く、被告の右主張はいずれも採用することができない。

(二) そこで、本件確認処分の留保と原告会社の営業利益の逸失との間に相当因果関係が認められるか否かについて検討する。

(1) まず、本件土地上の旧建物内で「光月」の商号でパチンコ店の営業がされていたことは、前記一3(二)認定のとおりであり、《証拠略》によれば、右営業は、昭和三九年ころ喜勝が開始したこと、その後昭和四四年ころまでは主として喜勝の子である原告尾高昭がパチンコ店「光月」の日常業務を行い、昭和四四年ころからは、主として原告栄が釘の調整、経理及び税務申告等の日常業務を行つていたこと、喜勝は昭和四九年ころから右日常業務から手を引き、店の改装等の経営方針に関する問題について、原告栄の報告を受け同原告と相談の上で決定を行つていたこと、右営業による所得は喜勝名義で確定申告がされていたことが認められ、これらの事実を総合すると、旧建物内でのパチンコ店「光月」の営業主体は喜勝個人であり、原告栄は喜勝のために右営業活動を代理ないし代行していたと推認することができ、右認定に反する原告栄の供述(第二回)は採用することができない。

(2) 次に、原告会社が、昭和六二年一一月九日、本件土地上の本件建物内でパチンコ店「光月」の営業を開始したことは、前記第二の一3(二六)のとおりであり、《証拠略》によれば、原告会社はパチンコ店「光月」の営業だけを行つていること、原告会社の出資者は原告栄(一四〇万円)及びその妻尾高和代(六〇万円)のみであり、喜勝は出資者ではないこと、原告会社の取締役は原告栄及び尾高和代のみであること、原告会社は、喜勝の個人営業であつたパチンコ店「光月」の従業員約一〇名を引き続き雇用したことが認められ、これらの事実に右(1)認定の事実を総合すると、喜勝は原告会社に対し、本件土地上の旧建物内で行つていたパチンコ店の営業を「光月」の商号とともに譲渡し、原告会社は喜勝のパチンコ店の営業を承継して「光月」の商号を続用したと認めるのが相当である。

(3) さらに、《証拠略》によれば、喜勝名義の本件確認申請書には建築物の主要用途として「店舗(パチンコ店)・事務所」と記載されていること、被告の担当者は、船橋駅南口再開発事業に関し、昭和五六年ころからパチンコ店「光月」を訪れるなどして原告栄と交渉を続けており、したがつて、旧建物内ではパチンコ店「光月」が営業されていることを知つていたこと、被告の担当者は、本件行政指導を行うにあたり、主として原告栄と交渉を行い、旧建物の取壊し後、原告栄方を訪れた際に、原告栄の母(原告尾高きよ)から原告栄がパチンコ店を営業したいので原告栄に任せてある旨を告げられたり、原告栄が従業員の賃金の支払のために外出するのを見ていることが認められる。

(4) 右(2)、(3)認定の事実をあわせ考えると、被告の建築主事である猪野主事の喜勝に対する本件確認処分の留保により(本件において猪野主事が作為義務を負うのは喜勝に対してのみである。)、パチンコ店「光月」こと喜勝の営業を行う利益が侵害され、右利益の侵害状態は、原告会社が喜勝からパチンコ店「光月」の営業を承継したことにより原告会社へ承継され、原告会社において逸失利益が実現したと解するのが相当であり、喜勝に対する本件確認処分の留保と原告会社の営業利益の逸失との間には相当因果関係があるものと認めるべきである。

被告は、猪野主事としては本件確認処分の時点において原告会社が設立されること等を予見することができなかつた旨を主張する。しかしながら、右(3)に認定した被告の担当者の交渉状況からすると、被告の担当者は、原告栄が本件土地上に建築する建物内でパチンコ店を営業する計画を有していたこと、原告栄が従前のパチンコ店「光月」の日常業務を行つていたこと、原告栄が従前のパチンコ店「光月」の従業員に対して旧建物の取壊し後も賃金を支払つていたこと等の事情を知つていたと認められ、弁論の全趣旨によれば、猪野主事と被告の担当者とは連絡を取り合つていたことが認められるから、猪野主事は、本件確認申請に係る建築物が完成したならば、原告栄のパチンコ店営業の計画が実現する可能性が高いこと及び原告栄が右パチンコ店の営業により相当程度の利益をあげることを予見することができたと推認するのが相当である。そして、右認定事実に前記認定の原告会社への出資状況、役員構成、営業内容からして、原告会社は、原告栄が本件土地上でパチンコ店「光月」を営業するために設立したいわゆる個人会社と解されることをあわせ考えると、原告会社に生じた営業利益の逸失は、被告が予見することのできた事情の下で生じた損害と解するのが相当である。

(5) そうすると、原告会社は、本件確認処分の前記違法な留保による遅延により、右遅延に相当する期間(昭和六一年一一月二〇日から昭和六二年三月五日までに相当する一〇六日間)パチンコ店「光月」の開業の遅延を余儀なくされ、その間得られるはずの営業利益を失い、損害を被つたものと認めるべきである。

なお、原告会社は、前記第二の二2(一)(1)〈1〉のとおり、本件確認処分がなされるべきであつたと主張する日を起点にして、現実の経過と同様に設計変更届の提出、工事の着工と竣工及び営業の開始という経過を辿ることが合理的であるとして、本件確認処分の留保がなければ原告会社がパチンコ店「光月」を開業したはずの日を算出した上で、その日と現実の開業日との間に相当する期間をもつて、原告会社が営業利益を逸失した期間である旨を主張するけれども、右主張にかかる営業利益を逸失した期間は、畢竟、本件確認処分を違法に遅延した期間に相当する期間と異なるところはないというべきである。

《証拠略》によれば、原告会社の昭和六二年一二月一日から昭和六三年一一月三〇日までの経常利益は、金七五二〇万〇〇一八円であつたと認められ、本件全証拠によつても原告会社の当時の営業利益がこれを下回ることを窺わせる事情が認められない以上、原告会社が右一〇六日間に得られるはずの営業利益は、

75、200、018÷366×106

により、金二一七七万九二四〇円(一円未満切捨て、以下同じ。)と推認するのが相当である。

2  喜勝の損害及び相続について

本件確認処分の留保により、本件建物の工事が遅れたことは、前記認定のとおりであり、右事実によれば、本件建物の所有者である喜勝は、本件確認処分の遅延に相当する期間、本件建物の使用利益を逸失し、損害を被つたと認めることができる。

そして、前記第二の一3(二五)のとおり、喜勝が、原告会社に対し、昭和六二年一一月一日、本件建物を賃料月額金二三八万六八〇〇円で賃貸した事実からすると、喜勝が右遅延に相当する期間である一〇六日間に得られるはずの使用利益は、

2、386、800×12÷365×106

により、金八三一万七八三四円と推認するのが相当である。

そして、喜勝は平成二年三月一三日に死亡し、その妻原告尾高きよが右金員の二分の一にあたる金四一五万八九一七円を、喜勝の子原告栄、同尾高昭及び同佐々木八千代がそれぞれ右金員の六分の一にあたる金一三八万六三〇五円を相続したものと認められる。

3  原告栄の慰謝料について

先に認定したとおり本件確認処分の留保と原告栄のいわゆる個人会社である原告会社の逸失利益との間に相当因果関係が認められ、原告会社の損害賠償請求を認容すべきこと等本件訴訟に現れた一切の事情に照らすと、原告栄に、本件確認処分の留保による精神的苦痛に対する慰謝料を認めることはできない。

第四  結論

以上によれば、原告らの請求は、原告会社につき金二一七七万九二四〇円、原告尾高きよにつき金四一五万八九一七円、原告尾高栄、原告尾高昭及び同佐々木八千代につきそれぞれ金一三八万六三〇五円と右各金員に対する本件不法行為の後であり記録上明らかな本件訴状送達の日の翌日である平成二年一〇月六日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合により遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条ただし書を適用し、仮執行の宣言については、相当でないものと認めこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河本誠之 裁判官 安藤裕子 裁判官 高梨直純)

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